大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)6791号 判決

原告

(ドイツ国)

バーデイツシエ・アニリン・ウント・ゾーダ・フアブリク

アクチエンゲゼルシヤフト

右代表者

エリツヒ・キユーン

外一名

右訴訟代理人

内山弘

品川澄雄

右補佐人弁理士

田代久平

外三名

被告

三和化成工業株式会社

右代表者

西田徳治

右訴訟代理人

原増司

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実〈抄〉

第二 請求の原因

一 原告の特許権

(一) 原告は、次の特許権を有する(以下「本件特許権」といい、その内容たる発明を「本件特許発明」という)。

特許番号 第二五二一二〇号

発明の名称 熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造る方法

出願日 昭和二八年九月一六日(昭和二八年第一六七一六号)

出願公告日 昭和三三年四月二五日(昭和三三年第三一九〇号)

登録日 昭和三四年五月二一日

(二) 本件特許発明の特許請求の範囲の項の記載は、次のとおりである。

「熱可塑性人造物質より多孔性成形体を造る方法において、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体か、あるいは単に之を膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含む微粒状ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物あるいはポリメタクリル酸メチルエステルを、ただちに、あるいは、予備気泡性化した後に、閉鎖しうるが気密に密閉しえない型の中に入れ、ここで、該液体の沸点以上の温度で、人造物質が軟化するまで加温することを特徴とする多孔性成形体の製法」〈以下略〉

理由

一原告が本件特許発明の特許権者であること、本件特許発明の特許請求の範囲の項の記載が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実と本件特許発明の特許公報およびその「正誤表」とによれば、本件特許発明は、「母可塑性人造物質より多孔性成形体を造る方法において」、「人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさない易揮発性有機液体か、あるいは、単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含む微粒状ポリスチロール、人造物質様もしくは樹脂様スチロール共重合物あるいはポリメタクリル酸メチルエステルを」、「直ちにあるいは予備気泡性化した後に、閉鎖しうるが気密に密閉しえない型の中に入れ、ここで、該液体の沸点以上の温度で、人造物質が軟化するまで加温することを特徴とする」「多孔性成形体の製法」であることが明らかである。

したがつて、本件特許発明は、熱可塑性人造物質としてポリスチロールを用いる場合には、少なくとも、ポリスチロールの軟化点より低い沸点を有し、ポリスチロールを溶かさない易揮発性有機液体か、あるいは、単にこれを膨潤させるだけの易揮発性有機液体を含む微粒状ポリスチロールを、直ちにあるいは予備気泡性化した後に、閉鎖しうるが気密に密閉しえない型の中に入れ、ここで、該液体の沸点以上の温度で、微粒状ポリスチロールが軟化するまで加温することを構成要件とする多孔性成形体の製造方法となることも明らかである。なお、この場合、ポリスチロールすなわち「人造物質を溶かさない液体あるいは単にこれを膨張させる程度の液体を粒子内に早く染み込ませるために、該液体に人造物質の溶剤を添加し」てもよいことが認められ、スチロール単量体が人造物質ポリスチロールの溶剤に含まれることは、当事者間に争いがない(もつとも、被告は、被告方法におけるスチロール単量体が溶剤であることを争つているが、この点についてはここではおく。)。

二一方、被告が「ブタンを四ないし八重量%、スチロール単量体を0.5ないし1.5重量%含有する発泡性ポリスチロールビーズを、予備気泡性化した後、多数の息抜き小孔または小隙を有する開閉自在の金型の中に入れ、ここで、該ビーズが軟化するまで水蒸気で加温して多孔性成形体を製造する方法」を実施していることは、当事者間に争いがない。

三本件特許発明の方法と被告方法とを対比し、その発泡剤において両者に十分な差異があると認められるか否かについて、当事者間に争いがあるので、まず、本件特許発明の発泡剤について、被告方法における発泡剤との対比において考究する。被告方法の発泡剤ブタンが、その沸点は摂氏マイナス0.5度であり、ポリスチロールの軟化点より低く、ポリスチロールと親和性があり、ポルスチロールビーズに含浸されうるものであることは、当事者間に争いがない。一方、本件特許発明の発泡剤としての易揮発性有機液体は、もともと、揮発とは、液体や固体が沸点以下の温度で気化することをいうものであることからも明らかであるように、気体と区別する意味で液体と指称されているものといわざるをえず、また、本件特許発明の発泡剤が、人造物質の軟化点より低い沸点を有し、人造物質を溶かさないものか、単にこれを膨潤させるだけのものであれば、それが液体、気体あるいは固体いずれのものでよいというほど広い範囲のものと解しえないことは、ことにその特許請求の範囲の項の記載に徴し明らかである。ところで、

(一)  気体、液体、固体とは、通常一つの物質においては温度および圧力の条件いかんによりそのいずれの状態にもなりうるものであることを考え合わせるときは、特段の説明のない限り、常温常圧の下での物質の状態を指称する概念であると解するのが相当であるところ、本件特許発明の明細書には、その特段の説明もなく、かつ、発泡剤を人造物質の微粒状物に吸着させるに当り、発泡剤として液体を用いることを前提とした説明が詳細に記載されているにもかかわらず、気体を用いることについては、全く触れられていないこと、

(二)  前掲明細書によれば、本件特許発明について、「微粒子状熱可塑性人造物質は、普通約一―一五%の易揮発性発泡剤を含まねばならぬ。発泡剤の選択は、人造物質の可溶性と軟化点とによつてきまる。軟化点七〇―一〇〇度Cなるポリスチロールに対しては、三〇―八〇度Cで沸騰する脂肪族あるいは環式脂肪族炭化水素が好適であつて、例をあげれば、石油エーテル、ペンタン、ヘキサン、シクロヘキサンの如きである。」と説明され、人造物質にポリスチロールを用いる場合、発泡剤として、特に沸点の範囲を示しつつ、ペンタン(炭素数五の脂肪族炭化水素である。)が右のとおり掲記されているのに対し、ブタン(前認定のとおり沸点がマイナス0.5度Cの、炭素数四の脂肪族炭化水素である。)については、言及されておらず、気体発泡剤の使用には全く触れられていないこと、

(三)  本件特許発明の明細書においは、その冒頭において、「熱可塑性人造物質と発泡剤とから多孔性人造物質を造ることは公知である。発泡剤としては、一般に、加温するとガスを分離させつつ分量する化合物を使用する。このような発泡剤は、例えば重炭酸アンモニウム及びアゾイソ酪酸ニトリルである。」として、固体発泡剤について述べ、つぎに、「他の公知の製造操作では、加熱によつて軟化した人造物体内に、圧力下にあるガスを溶解せしめ、このガス含有人造物体を、圧力をそのままに保ちつつ冷却し、引き続いて常圧下で加温して多孔性人造物を製する。」として、ガス発泡剤について述べ、さらに続いて、「熱可塑性人造物質に使用する発泡剤としては、該物質を溶かさない易揮発性液体あるいは単にこれを膨張さす程度の易揮発性液体も既に使用された。人造物質とこの種発泡剤との混合物を温めると、易揮発性液体は蒸発して、軟化した人造物質を膨張させる。」とし、液体発泡剤について述べているが、このように大別して三種類の発泡剤を説明し、本件特許発明においては、そのうち特に液体発泡剤をとりあげ、これを用いる場合に関するものであることが認められ、このような場合、発泡剤として気体発泡剤をも出願発明の範囲に含ませようとするのであれば、容易にその旨記載することができるし、また、特段の事情のない限りその旨明示するのが通常であるといえるから、前認定のとおり、本件特許発明の明細書がその旨うかがわせる記載さえせず、特段の事情も認められないということは、発泡剤を一定の易揮発性有機液体に限定し、これに気体を含ませないことを要旨の一部としているものというに少しも妨げがないこと、

(四)  〈書証〉によれば、原告は、本件特許発明について訴外日本オレフイン株式会社が請求した特許無効審判事件において、本件特許発明の発泡剤について公知例との相違に関し、公知例の方法における「発泡剤は、重炭酸ソーダや尿素のような、加熱によつて分解してガスを発生する常温で固体の物質であり、液体を用いるものではない。」また、他の公知例における「発泡剤は、Unicel NDのような加熱によつて分解しガスを発生するものであつて、液体ではない。」として、本件特許発明の発泡剤が常温で液体であることを強調していることが認められること、

(五)  さらに、〈書証〉によれば、微粒状の発泡性人造物質に対する加温による多孔性成形体の製造において、常温常圧のもとで気体のブタンが、易揮発性有機液体にかえて使用されうるようになつたのは、本件特許発明の特許出願の日である昭和二八年九月一六日以後の技術的進歩にかかるものであり、同日以後各国においてブタンやプロパンを発泡剤として用いる技術が多く特許出願または公告されている事実を認めうること(もつとも、成立に争いのない乙第八号証によれば、細胞性熱可塑性製品を製造するにあたり、ポリスチロールに、ブチレン、ブタン等を含むガス発泡剤を用いる方法が、昭和二五年一二月一一日特許出願、昭和二七年七月一八日出願公告の出願発明についての特許公報に示されていることを認めうるけれども、これは、熱可塑性樹脂を容器内で加熱して溶融しておき、この中に加圧下にガス発泡剤を溶解し、容器に設けた一定の大きさの孔から右樹脂を溶融状態で排出させ熱可塑性樹脂を発泡させて多孔性物体とするものであり、微粒状の発泡性人造物質の発泡と融着が同時に任意所望の形状の型内で起こるものではなく、本件特許発明や上述の技術とは技術的思想を異にするものであるから、右認定の妨げとなるものではない。)、

(六)  熱可塑性人造物質の多孔性成形体を製造するにあたり用いられる発泡剤について、総じて、液体と気体とは、沸点および人造物質との親和性(可溶性)において明らかな差異を有し、そのため、取扱い、配合手段、保持性、発泡度、製品の発泡後における収縮度等にも差を生ずることは、前掲〈書証〉および弁論の全趣旨に徴しても明らかであり、両者は、右諸点を総合して考究するとき、区別されうるものであることを、本件特許発明の前認定の特許請求の範囲の項の記載およびその構成要件の説明と総合して判断すれば、本件特許発明においては、常温常圧において液体である一定の易揮発性有機発泡剤を用いることを必須の構成要件とし、これを、常温常圧において気体である発泡剤と明確に区別し、かかる液体発泡剤を用いる技術的思想として創作されたものと解するのが相当である。したがつて、常温常圧のもとにおいて気体の状態にあることが明らかである被告方法の発泡剤ブタンは、本件特許発明の発泡剤には含まれない別異の発泡剤と解さざるをえない。特許は、発明者ないし出願人が創作し認識した技術的思想の範囲内において、請求した限度について付与されるものであるから、本件特許発明においては、その易揮発性有機液体について、以上の説明に徴し、他に発泡剤ブタンとの均等を論ずるまでもないことは明らかである。

四以上のとおり、被告方法は、その発泡剤として、本件特許発明がその必須の構成要件とする発泡剤である一定の易揮発性有機液体を用いず、その権利範囲に属しない気体発泡剤ブタンを用いるものであるから、被告方法の実施が本件特許権を侵害するものであることを前提とする原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 高林克己 清永利亮)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例